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水戸地方裁判所 昭和41年(ワ)191号 判決 1967年11月17日

原告 熊谷源三郎

被告 亡山野慶造訴訟承継人 山野昇

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「別紙目録<省略>記載の物件が原告の所有であることを確認する。被告は原告に対し同目録記載の建物につき所有権移転登記手続をなせ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

(一)  原告はかねて別紙目録記載の物件(以下本件物件と称する)を所有していたが、昭和三六年四月一七日に訴外植田景三より金四五万円を利息月一分五厘、弁済期同年七月一七日の定めで借受けた際、同人との間に右債権担保のため本件物件につき工場抵当法による抵当権を設定することを契約し、同年四月一八日にこれを原因とする抵当権設定登記を経由した。

(二)  右訴外人は右抵当権に基いて同年八月二八日水戸地方裁判所常陸太田支部同年(ケ)第八号不動産競売事件により本件物件につき競売を申立て、よつて競売手続が開始された。

(三)  その後さらに訴外谷田一郎が原告に対する金一二万〇、六七五円の貸金残債権を執行債権として水戸地方法務局所属公証人鈴木英三郎作成の同年第一、一四〇号債務弁済契約公正証書の執行力ある正本に基き同年一〇月三〇日に同裁判所支部同年(ヌ)第一二号強制競売事件により本件物件につき競売を申立てたので、同事件は前記不動産競売事件に記録添付となり、配当要求の効力を生じた。

(四)  右競売手続において裁判所の昭和四〇年五月二八日附競落許可決定により、被告先代亡山野慶造は本件物件を代金六一万一、〇〇〇円で競落し、昭和四一年六月一七日に右決定は確定した。

次いで同年七月二二日の代金支払期日に同人は競落代金を支払つたので、同年八月五日本件物件のうち建物につき同人のため右競落に基く所有権移転登記がなされたが、同人が同年一二月一五日に死亡したため、相続人である被告が競落人の地位を承継し、建物につき昭和四二年三月三〇日に相続による所有権取得登記を経由した。

(五)  ところで原告は亡山野慶造の右競落代金の支払に先だつて昭和四一年七月五日に前記不動産競売事件の申立債権者訴外植田景三に対しその債権全額と執行費用を弁済し同月六日に前記抵当権設定登記の抹消登記手続を了し、さらに同月七日に前記強制競売事件の申立債権者谷田一郎に対してもその債権全額と執行費用を弁済した。

そこで右訴外人らは同年同月一一日に競売裁判所に対し各競売申立の取下書を提出したが、裁判所は競落人の同意がないことを理由に爾後の代金支払等の競売手続を進めた。

(六)  しかし訴外谷田一郎のなした前記取下は次の理由により有効と見るべきものである。けだし元来強制競売事件においては競落許可決定後といえども債権の消滅を理由とする場合には債権者は競落人の同意なくして任意に競売申立の取下をすることができるものと解すべきであるが、同訴外人の申立てた前記強制競売事件は訴外植田景三の申立てた前記不動産競売事件に記録添付となり、競売手続が任意競売事件の手続として取消されることなく進められた以上、記録添付の右強制競売申立は終始配当要求の効力を有していたに過ぎないから、その取下は任意にこれをなし得る筈であり、したがつて訴外谷田一郎の前記取下書の提出により前記強制競売申立は取下の効果が生じたものと認むべきである。

そうすると爾後の競売手続は前記不動産競売事件についてのみ進められたことゝなるが、任意競売手続にあつては競落人の所有権取得時期は代金支払のときとされているから、前述のように競落人亡山野慶造の代金支払に先だつて訴外植田景三の被担保債権が弁済せられ、抵当権の効力が消滅した以上、爾後の競売手続は無効に帰するから亡山野慶造は代金支払にかかわらず本件物件の所有権を取得することができなかつたものである。

(七)  よつて原告は依然として本件物件の所有権者であるから、亡山野慶造の相続人として競落人の地位を承継した被告に対し本件物件が原告の所有であることの確認を求め、かつそのうち建物につき所有権移転登記を求めるため本訴に及ぶ

と述べ、後記被告主張事実のうち、訴外植田景三の被担保債権消滅当時の次順位抵当権者逢鹿産業株式会社の債権額が被告主張の金額であつたことは争わないと答えた。

立証<省略>

被告は主文同旨の判決を求め、答弁として、

(一)  原告主張の請求原因(一)の事実のうち、原告が本件物件の所有者であつたことは認めるが、その余は知らない。同(二)ないし(五)の各事実は認める。同(六)の主張は争う。

(二)  水戸地方裁判所常陸太田支部昭和三七年(ケ)第八号不動産競売事件につき申立債権者植田景三の被担保債権が弁済せられ、抵当権が消滅しても、その当時同庁同年(ヌ)第一二号強制競売事件が記録添付となつていたのであるから、民事訴訟法第六四五条第二項により右被担保債権が消滅したときに右強制競売事件につき競売開始決定を受けたる効力を生じ、以後の競売手続は右強制競売事件のために進行したこととなるから、抵当権の消滅により競売手続が無効となることはあり得ない。

右被担保債権消滅の当時において本件物件の競落価額は右強制競売の申立債権者谷田一郎の債権に優先する訴外逢鹿産業株式会社の第二番抵当権の被担保債権(債権額二四万二、六七六円)を弁済しても剰余の見込があつたのであるから、前記第六四五条第二項の適用上、同法第六四九条第一項の規定を害さない場合に該当することは明らかである。

(三)  強制競売申立の取下は競売期日に適法な競買申出があるまでは任意にこれをなし得るが、その後においては競落人を含む利害関係人全員の同意なくしてはこれをなし得ない。

したがつて前記強制競売事件において申立債権者谷田一郎が原告主張日時に裁判所に対し取下書を提出した際に競落人亡山野慶造の同意がなかつたから、右取下書提出によつてはいまだ取下の効力を生せず、したがつて競売手続が続行されたものである。

(四)  強制競売手続の競落人は競落許可決定の確定により、代金不払のため再競売となる場合を除き、確定的に競落物件につき所有権を取得する。

したがつて本件物件につき競落人亡山野慶造に対する競落許可決定確定の後、同人が代金支払期日に代金を納付した以上、同人は確定的に本件物件の所有権を取得したものである。

(五)  前記不動産競売事件の申立債権者植田景三の被担保債権および抵当権が原告主張の時期に消滅したものとすれば、債務者たる原告においてその時点に競売手続停止等の救済手続を講ずべきであつたにもかかわらず、漫然これをなすことなく放置したため、その後競落代金の支払、競落人に対する建物所有権移転登記手続、不動産の引渡等の執行手続が進められて、既に競売事件は完結し、さらに競落人亡山野慶造の死亡により被告の相続登記すら了するに至つた。かかる場合は債務者たる原告が競落代金を受領すればなんら不合理はない。

競売は債務者の意思によらず国家権力に基き強制的に所有権の移転を生じさせる手続であるから、本訴におけるように競売事件完結後に競売手続の無効を主張することが許されるとすれば、競落人の権利を害し、司法機関の権威を失墜させて法的安定を害なうことになるから不当である。

と述べた。

立証<省略>

理由

(一)  本件物件が元来原告の所有であつたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証ならびに証人植田景三の証言および原告本人尋問の結果を綜合して真正に成立したものと認める同第九号証によれば、原告は昭和三六年四月一七日に訴外植田景三より金四五万円をその主張の約定で借受け、その際同訴外人に対し債権の担保として本件物件につき工場抵当法による抵当権の設定を約し、同月一八日にこれを原因とする抵当権設定登記を経由したことが認められる。

(二)  次いで右訴外人が右抵当権に基いて同年八月二八日に水戸地方裁判所常陸太田支部同年(ケ)第八号不動産競売事件により本件物件につき競売法による競売を申立て競売手続が開始されたこと、さらに訴外谷田一郎が同年一〇月三〇日に原告主張の債務名義に基き同庁同年(ヌ)第一二号競売事件により本件物件につき強制競売を申立て、前記競売事件の記録に添付されたこと、その後の手続において被告先代亡山野慶造が昭和四〇年五月二八日附競落許可決定により本件物件を代金六一万一、〇〇〇円で競落し、右決定は昭和四一年六月一七日に確定したこと、原告が各申立債権者たる訴外植田景三および同谷田一郎に対し同年七月五日および同月七日にそれぞれ債権全額と執行費用を弁済し、同訴外人らがいずれも同月一一日に執行裁判所に各競売申立取下書を提出したが、その取下につき競落人たる亡山野慶造の同意がなかつたこと、同人が同月二二日の代金支払期日に競落代金を納付し、本件物件のうち建物について同年八月五日に同人のため競落による所有権移転登記を了したこと、そして同人が同年一二月一五日に死亡したので、被告が相続により競落人たる地位を承継し、右建物につき昭和四二年三月三〇日に相続による所有権取得登記を経由したこと。以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

(三)  およそ競売法による不動産競売手続においては、競落人は競落代金を執行裁判所に納付したときに競売の目的物件の所有権を取得し、同時に目的物件の上の抵当権も消滅するものと解されるから、競落許可決定の確定の後においても、もし競落人の代金納付に先だつて被担保債権が弁済せられ抵当権が消滅するときは、もはや競売手続は続行し得ないことゝなり、したがつてたとえ競落人がその後指定された代金支払期日に競落代金を納付するも競売の目的物件につき所有権を取得することができない理となるわけであるが、もし既に他の競売申立事件が記録添付となつている場合には右と異なり、強制競売の競合の場合の競売手続の取消に関する民事訴訟法第六四五条第二項の規定の趣旨を類推し、同法第六四九条第一項の規定を害しない限り、基本の抵当権が消滅するもこれにより競売手続を失効させることなく、あらたに記録添付債権につき競売開始決定を受けたと同一の効力を与えて爾後の競売手続の続行を許すべきものと解するのが相当である。

本件についてこれを見ると、水戸地方裁判所常陸太田支部昭和三七年(ケ)第八号不動産競売事件につき申立債権者植田景三の被担保債権は昭和四一年七月五日に全額弁済されたのであるから、競売手続の基本たる抵当権は消滅したと謂うべきであるが、当時申立債権者谷田一郎の同庁同年(ヌ)第一二号強制競売事件が記録に添付せられており、同訴外人の債権に優先する次順位抵当権者逢鹿産業株式会社の債権額が金二四万二、六七六円であつたことは当事者間に争いがないから、本件物件の競落価額が金六一万一、〇〇〇円であつたことから見て民事訴訟法第六四九条第一項の規定を害しない場合に該当することが明らかであつたと謂うべく、したがつて右説示したところにより競売申立債権者植田景三の抵当権が消滅するもこれがため既に開始された競売手続は失効することなく、記録添付債権者谷田一郎の強制競売申立につき記録添付のときに遡つて競売開始決定を受けたと同一の効力が生じ、爾後の代金支払等の手続は実質上同訴外人のための強制競売手続として続行せられることゝなつたものと認めなければならない。

そうすると亡山野慶造を競落人とする競落許可決定が昭和四一年六月一七日に確定したことにより、前記強制競売手続の面からすれば同人は本件物件につき代金不払を解除条件として所有権を取得するに至つたものと認むべきである。

ところで強制競売申立の取下は競落許可決定の後にあつては競落人を含む利害関係人全員の同意を要するものと解すべきところ、前記競落許可決定確定後の同年七月一一日に申立債権者谷田一郎からなされた強制競売の取下につき競落人たる亡山野慶造の同意がなかつたのであるから取下の効力は生じなかつたものと謂うべく、ほかになんら執行停止の措置の採られなかつた以上、その後の執行手続は適法に続行されたものと認めなければならないから、亡山野慶造は同月二二日の代金支払期日における競落代金の納付により本件物件につき完全に所有権を取得するに至つたものと認むべきである。

(四)  よつて亡山野慶造の本件物件に対する競落が無効であることを前提とする原告の請求は前提を欠き失当とすべきであるから、これを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 土屋連秀)

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